ニューヨークのタンゴ トラディショナルからモダンまで

アストリア・タンゴ・オルケスタ

アストリア・タンゴ・オルケスタ

クイーンズにあるセントロ・エスパーニャの会場に一度足を踏み入れると、自分がニューヨークにいることを忘れてしまう。そこはブエノスアイレスのミロンガと全く変わらない。アストリア・タンゴ・クラブが主催するミロンガでは、巨匠ダニエル・ビネリがアメリカ唯一のタンゴ・オルケスタ・ティピカである、アストリア・タンゴ・オルケスタを率いてトロイロやダリエンソ、ディサルリの曲を次々と演奏し、黄金期のタンゴを彷彿とさせる。オルケスタは11人編成。豪華な編成を十分に活かし「タンゲーラ」「ラ・ジュンバ」は聞きごたえがある。ミロンガのオーガナイザーでもあるヘクトル・パブロ・ペレージャが「ミロンガ・トリステ」をはじめとし、個性の強い歌を聴かせると一気に会場が熱を帯びる。

ブルーノートが目と鼻の先に位置するイーストビレッジの老舗バー、ジンク・バーではグラミー賞受賞ピアニスト、フェルナンド・オテロが毎週日曜日にトリオで演奏を続けている。彼の前衛的で自由な演奏はトラディショナル・タンゴ愛好者には驚きをもたらすものかもしれない。バンドネオン不在のトリオでは、フェルナンドがピアニカでその悲しい音色を表現することも多い。声楽家で女優でもあった母親に捧げたオリジナル曲や、「マレーナ」「ラ・クンパルシータ」等の古典曲も演奏する。長年、「声を使うことに抵抗があった。」と語る彼の歌は、20代前半までアルゼンチンで育ったとはいえ、ニューヨークで同じくらいの時間を過ごした影響の大きさを感じさせるもので、あのタンゴ独特の重苦しさはない。

月に一度、ミロンガで演奏を続けているトリオ・デ・ラプラタにも注目したい。アレンジを務めるチェリストのアグスティン・ウリブルに、タンゲットーのピアニストでもあったアントニオ・ボジャディアンが固定メンバーである。美しいチェロの響きでバイオリンやコントラバスパートが聞こえてくる彼等のタンゴは、とてもトリオと思えない程、豊潤で、贅沢な響きを持つ。大雪の降った会場に辿り着いた後に「僕の大切な彼女をケースからすぐ出すようなコトはしたくないんだ。」とギリギリまで待つアグスティンの繊細さと優しさも伝わってくる演奏だ。

「移民達のオルケスタ・ティピカ!」とアルゼンチン、オーストラリア、韓国からの移民で構成されるメンバー紹介があった際の会場の歓声は非常に大きいものであった。トランプ政権交代以来、問題の中で移民達は益々自分たちのアイデンティティに誇りを持っているように見える。その中でタンゴは彼等のプライドそのものなのかもしれない。

(ニューヨーク●折田かおり)


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