素晴らしい文化が混在する「知られざる国」、ホンジュラス

 

文:編集部

 
 
月刊ラティーナ2008年8月号14ページ
 
 
 
 
 
 
 

 ホンジュラスは、スペイン語では「オンドゥーラス」と発音され、コロンブスが16世紀初頭にこの国のトルヒーヨ近くに上陸した際、船の碇が海底まで届かなかったことから「深さ」「深み」を意味するオンドゥーラスと呼ばれるようになったと言われる。中米各国のなかでもニカラグアと並んでもっとも貧しい国のひとつに数えられる。この国には政治的な中心地としての首都テグシガルパと産業の中心地としてのサン・ペドロ・スーラという2つの都市がお互いにライバル関係を保ちながらも国を牽引している。

 テグシガルパは、北半球のロッキー山脈と、南半球のアンデス山脈に連なる、コルディレラ山系にある標高1000メートルの盆地にある大都市。他のアンデスの都市と表情は似通っているが、なにしろ、さほど広くない盆地に人口100万人以上の人が住み、しかも、大都市集中がさらに拡大しているから、山肌一杯に居住地が密集する風景は不気味なものがある。テグシガルパというのは、先住民族レンカの言葉で「銀の山」を意味するとおり、16世紀に銀鉱として栄え始めたと言われる。
 一方、サン・ペドロ・スーラは、カリブ海側の平野のど真ん中にある人口約50万人の都市。銀山の枯渇以来、これといった産業を持たなかったこの国の中で、サン・ペドロ・スーラは、アメリカ資本が興したバナナ・プランテーションのおかげで、急速に産業の中心地としての位置を占めることになった。中南米の歴史を翻弄してきた悪名高いユナイテッド・フルーツ社(UFC)だが、このサン・ペドロ・スーラは、この会社によって大きく発展してきた。この街を取り巻く平野一体には大きなバナナ・プランテーションが展開して、この国の経済を大きくリードしてきた。首都のテグシガルパは細い街路が所狭しとくねり続けているが、サン・ペドロ・スーラはメキシコ・シティを小さくしたような風景。道路も整備されているし、近代的なアメリカのファースト・フード店やホテルが似合う街でもある。
 その昔、UFCや、その後にアメリカのニューオリンズからやってきた「バナナ王」ゼムレーのスタンダード・フルーツ社は、この地の発展に大きく寄与したのだが、実態はカリブ海側からテグシガルパまで鉄道と電話網を引きたかったホンジュラスの中央政府が、彼らと取引してその建設の見返りとして、様々な権利を大幅に委譲した経緯がある。

 このバナナ・プランテーションの経営陣は、やがて隣国のグアテマラ、ニカラグア、パナマといった国でも大きく事業を拡大し、経済的にはほとんどを支配するまでになった。
 しかし、例えば「グアテマラ革命」のように、他国ではその大土地所有者たちの実質支配に抵抗して、バナナ支配者たちの持つ土地を国有化するケースも出てきた。その結果、CIAが暗躍して親米派の政権を打ち立てるなどしたため、中米地域ではますますアメリカの影響力を強める結果になった。ホンジュラスでは、このグアテマラのような「革命」は一度も起きなかった。80年代まで続いた軍事政権も、比較的緩やかに社会改良型の政治を行ったから、近隣諸国のような混乱は起きていない。しかし、アメリカの巨大資本と政府が利害を共有する政治スタイルは今でも続いていて、国民の大多数は貧しく、福祉行政は遅れ、輸出品のほとんどはアメリカに向けられている。

 さて、中南米諸国のカリブ沿岸地方、特にこのホンジュラスのカリブ沿岸にはミスキートとガリフナと呼ばれる先住民族とアフリカ系の黒人人種たちが居住している。先住民の色彩の濃いミスキートに比べて、ガリフナの方は、アフリカの色彩の濃い文化を持っていて、今では世界的にで注目される存在になっている。
 1635年、西インド諸島に奴隷を運んでいたスペイン船がセントビンセント島付近で難破した。沿岸にたどり着いた奴隷たちは、先住民のカリブ族に歓迎されて混血を生み、ガリフナ族(もともとはガリナグ族)となったといわれる。当初、サントビンセント島に居住していたガリフナは、やがて、イギリス人によって捕らえられたガリフナと黒人奴隷たちはホンジュラスのロアタン島に移され、その後、トルヒーヨから、ベリーズ、ホンジュラス、ニカラグアのカリブ沿岸地方に広まっていったとされる。

 ギジェルモ・アンダーソンは、セイバ出身で、この街近郊にはたくさんのガリフナ居住地がある。彼はそのアフリカ色の強いガリフナの舞踊や音楽を研究して自身の音楽を創り上げたといわれる。このガリフナの言語、舞踊、音楽、文化は2001年にユネスコに「人類の口承、無形遺産の傑作」に登録された。

 ホンジュラスは、街を離れると自然が美しい。が、残念ながら治安状況は非常に悪いといわざるを得ない。青少年凶悪犯罪集団マラスの存在が主因で、彼らは自動小銃で武装した貧困層の青少年を中心とした犯罪組織。マラスは中米各地で、脅迫、殺人を繰り返している。ホンジュラスには約3万人のマラスが存在するといわれている。05年頃から、中米各国の警察はこのマラスに対し結束して対策を練っているが、まだまだ成果は上げられていない。
 しかし、この国で唯一安全な街といわれるところもある。マヤのコパン遺跡を持つ、コパン・ルイーナスという街。ここだけは住民が観光客を呼ぶために安全な街を創ろうと躍起になっているから、夜も自由に歩ける街として有名だ。ラ・セイバから船で1時間も行くウティラ島やロアタン島などは、ダイビングのメッカとしても有名で、激安でダイビングが楽しめる。

 知られざる国、ホンジュラス。69年に起きたエル・サルバドルとのサッカー戦争の印象は強烈だったが、その後はこの国について語られることは圧倒的に少ない。しかし、じつはこの他にも文化的な財産がたくさんある、研究者にとっては実に魅力的な国である。