シリア出身のカーヌーン奏者、マヤ・ユセッフがパリ・デビューコンサート

MAYA YOUSSEF 『SYRIAN DREAMS』(2017)

MAYA YOUSSEF
『SYRIAN DREAMS』(2017)

パリ左岸のセーヌ川に面した場所にひときわ目立つガラス張りの建物がある。アラブ世界文化センターだ。アラブ世界の多種多様な文化の理解を深めようとミッテラン大統領の提唱で建設され、1987年11月にオープンした。かつてフランスはアルジェリア、モロッコ、チュニジア、シリア、レバノンなど 保護領や植民地を通じアラブ世界と大きく関わってきた。最近ではテーマをアフリカのイスラム圏や東方キリスト教など興味深いテーマを取り上げている。
1月27日夜、「シリアン・ドリームズ」と題するマヤ・ユセッフ・カルテットのコンサートがあった。アラブ世界やトルコの伝統音楽には欠かせないカーヌーンという楽器を奏でるマヤ・ユセッフを中心にパーカッション、ウード、チェロで編成されたカルテットだ。カーヌーンは台形の共鳴箱に78本の弦を張ったもので伝統的なアラブ音楽の音階をすべて出すことができる。西洋音楽のピアノに相当する楽器だ。アラブの伝統では楽器は男性が演奏するものでカーヌーンも女性が演奏することは非常に稀だ。
シリア・ダマスカスの進歩的な芸術一家に生まれたマヤ・ユセッフは幼少の頃から音楽に親しみ、音楽家になる夢を描いていた。7歳から音楽院で基礎を学んでいた彼女は9歳になったとき専攻する楽器を決めかねていた。ある日、音楽院に行くために母親と乗ったタクシーの中でラジオから流れるカーヌーンの音色に心を奪われ、マヤは「この楽器をやりたい」と叫んだ。しかしタクシーの運転手は「お嬢さん、これは男だけが演奏できる楽器だよ」と呆れ顔だった。ほどなくして音楽院で「カーヌーン」クラスの登録が始まると即座に申し込み、カーヌーンを学んだ。
こうしてマヤ・ユセッフのカーヌーン人生が始まった。12歳の時にシリア全国音楽コンクールで最優秀賞を獲得。高等音楽院での学士号もカーヌーン専攻だ。2007年、アラブ首長国連邦のドバイでカーヌーンのソロリストとしてデビューしたが、その後より広く国際舞台で活動したいと拠点をロンドンに移した。
「シリアン・ドリームズ」はマヤ・ユセッフのデビューアルバムでもある。仏レーベル、アルモニア・ムンディより昨年リリースしたものだ。シリア紛争が勃発した2011年、ロンドンでその報に接したマヤ・ユセッフは言いようもない気持ちを一気にカーヌーンに託した。そうして生まれたのが「シリアン・ドリームズ」だ。それから6年を経た今も続く戦争。本デビュー盤は故国を想うマヤ・ユセッフの旅でもある。カーヌーンを奏でることは希望であり、癒しでもあるのだ。日本の箏のように爪弾くカーヌーンは「動」と「静」をきめ細かく表現でき、伝統的なカーヌーンを超えた音楽空間へと導いてくれる。(パリ●植野和子)


こちらの海外ニュースは月刊ラティーナ2018年3月号に掲載されています。
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