不撓不屈の音楽家を軽快に描いた『指揮者ジョアン』が上映中

ジョアン・カルロス・マルチンスを演じる、アレシャンドリ・ネロ

ジョアン・カルロス・マルチンスを演じる、アレシャンドリ・ネロ

昨年のパラリンピック開会式でのブラジル国家のピアノ独奏を聴いただろうか。サッカーの試合前などに流される意気揚々とした曲調とは異なるしっとりとした調に感極まる人が多かった。不自由となった指先ではなく、指の関節で一音一音弾ききったのが、今年8月に封切られた映画『指揮者ジョアン(João, O Maestro)』の主役で、不撓不屈の音楽家ジョアン・カルロス・マルチンスだった。
音楽家を目指したポルトガル人の父のもと1940年に生まれたマルティンスは、幼少よりピアノの英才教育を受け、9歳にしてブラジルのバッハ協会のコンクールで優勝。以後、神童として順風満帆に歩み、21歳の時にカーネギー・ホールでデビュー。そのころから北米、欧州のオーケストラのバックにソリストとして世界的に活躍したのだった。
しかし、1965年、ニューヨーク滞在時にセントラルパークで行われた、熱愛するサッカークラブ、ポルトゲーザの練習に参加し、右腕神経に損傷を負う。三本の指の筋萎縮に抗いながら30代まで演奏を続けるが、演奏家の道を一度は断念し、音楽やスポーツの興行家に転身する。演奏家の道を諦めきれないマルティンスは、必死のリハリビの末に再びステージに立ち、79年から85年の間にはバッハの初期作品のレコーディングを行っている。
不運は再び。1995年55歳のときに、強盗に鉄器で頭を殴られ脳を損傷。リハビリと手術にも関わらず右手の自由は徐々に利かなくなっていった。右手がダメならと2001年にはモーリス・ラヴェルの『左手のためのピアノ協奏曲』を録音し、海外での演奏会を行った。
不運は三度。今度は、左手にデュピュイトラン拘縮という指の屈曲拘縮をおこす疾患を患いピアノの演奏を断念せざるを得なくなったのだった。それでも音楽家としての道を貫く。楽譜をめくるのにすら不自由していたのだが、トレーニングを受けて指揮者に転身。2004年にはイギリス室内管弦楽団を指揮し、アルバムも発表している。映画の最後には本人が登場して、屈曲した指で、オーケストラをバックにピアノを演奏する姿が感動を誘う。
さて映画作品としての出来だが、グローボ社の大衆娯楽映画らしく、メロドラマ化が過ぎる感は否めず、スポンサーを露骨に画面に出す点にはげんなりさせられた。それでもテンポの良さは、鑑賞者を飽きさせず、なかなかにプレイボーイであった私生活の描写によって、決して努力と克服の〝感動ポルノ〟でなかったことが魅力であった。
今年で77歳になるマルティンスは、現在でもサンパウロのバッハ・フィルハーモニーオーケストラを指揮し、次世代を育成する教育活動を行っている。
(サンパウロ●仁尾帯刀)


こちらの海外ニュースは月刊ラティーナ10月号に掲載されています。
こちらから購入ができます。