キューバの奴隷出のボードビリアンの生涯 映画『シュコラ』 ロシュディ・ゼム監督

 

 現在、全国主要都市で公開中の映画『ショコラ』はキューバで奴隷の子として生まれ、売買されてスペインに渡り、脱走してフランス入り、一世を風靡したボードビリアンの物語。フランス映画、キューバ出身の、と喧伝されていないのでここで記しておきたい。

表題は男の芸名である。皮膚の色からチョコレートと比喩された。本名はラファエル、苗字なし。1865〜68年頃、まだスペイン領であったハバナで奴隷の子として生まれたと言われる。ラファエルとは奴隷主が便宜的につけたものだろう。そのラファエルが欧州に渡ったのもスペイン商人に買われ、バスク地方の農場に送り込まれたからだ。その農場から逃げ出し国境を越えてフランスの零細サーカス団に雇われた、それが前半生。出自にも確証があるわけではない。本人がそう語っただけだ。そのあいまいな分だけ、映画は興行的にも受けそうな挿話を創作できる。

サーカス団で役どころはめぐまれた体躯がアフリカの野生と獰猛を象徴する、と客引きに使われる。野卑な雄叫びで観客に安全な恐怖というカタルシスを与える役回りだ。

そんなラファエルの前に落ち目の芸人フティットが現われる。この役をチャーリー・チャップリンの孫ジェームス・ティエレが演じる。場末のうらぶれた芸人の悲哀、かつて絶頂を極めた時代の残り香もそこはかとなく芳わせ、あたりを睥睨する威厳を演じ切る表現力はやはり祖父の血筋か……。

フティッは二人組んで新手の芸を作ろうとラファエルに持ちかける。ラファエルもこのままではダメだと知っている。先は分からないが、どうせ身ひとつ、係累もない。賭けそのものが人生のようなものフティットについていくのも時の流れ、と快諾。シロクロ、デコボココンビは新手のボードビリアンとしてのし上がってゆく。

成り上り物語は映画の大きな要素。現実にはなかなか起こりようもない成功譚、しかし稀に確かに起こりうる話に惹かれるのだ。当たるはずがないと思いながら。

ラファエルを演じたオマール・シーの主演作に『最強のふたり』があり、『サンバ』があった。ともに、現代のフランス社会を揺さぶっているアフリカからの不法移民を演じ、教養はないが、まっとうな正義感はもっているという底辺労働者の役を演じた。その逞しさと、後ろ姿に不法越境路の困難、苦行をみせながら演じた好演を思い出す。それは、本作の演技にも深みを与えている。

(キューバ●上野清士)


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