先日亡くなりましたタンゴ・バイオリニスト志賀清さんの、忘れられた名盤のご紹介をさせていただきます。
志賀清さんについては月刊ラティーナ11月号にたっぷり書かせていただきましたが、アカデミックな巧さではない、「野生の巧さ」を持ったバイオリニスト。彼を徹底的にサポートするのは2015年に亡くなったタンゴピアノの巨匠オスバルド・ベリンジェリ。日本とアルゼンチンの、ピンで立つことを信条とする偉大なタンゴ・ソリスト(しかも同世代)の二人が超個性をムンムンに発散しているアルバムです。
始めにお断りしておきますと、タンゴのCDの常で、現在ある在庫が売り切れたら恐らく入手は難しくなりそうです。
1985年の発売当時のタンゴファンの評価が決して芳しいものではなかった(なにしろピアソラさえ無名だった頃はこういうサウンドはことごとく嫌われた)このアルバムの真価を、むしろ31年の時を隔てて、現在の「音楽を分かる人たち」に聴いてほしいという一心でこの文を書いています。
志賀清 & オスバルド・ベリンジェリ
SHIGA & BERLINGIERI(1985年制作)
編曲:オスバルド・ベリンジェリ
1. ラ・クンパルシータ
2. ウノ
3. めぐり逢い
4. ラ・トランペーラ
5. レスポンソ(冥福の祈り)
6. 恋人もなくて
7. 恋わずらい
8. タンゴのロマンス
9. グリセータ
10. タコネアンド(靴音高く)
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shiga.kiyoshi.memorial@gmail.com
バイオリン:志賀清 ピアノ:オスバルド・ベリンジェリ バンドネオン:リサンドロ・アドロベル ギター: ピチ・サンドリ エレキベース:カルロス・ルベン・アルシニエガ
ベリンジェリ氏は僕も2004年に日本でツアーをして幸せな共演をさせていただいてまして、そのギラリと光る異様なまでの巧さに痺れまくったものですが、彼も去年の春に亡くなってしまいました。今はタンゴにジャズ性を採り入れたピアニストというのは珍しくないですけど、そういった路線のタンゴ・ピアノのパイオニアであり唯一最高の人でした。何度も来日しましたが、当時の会場を占めるタンゴファンの多くは、実のところベリンジェリ氏のような、いわゆるモダンタンゴ的な音楽性は好きではなかった(ベリンジェリ氏とさして変わらない世代なのにも関わらす)わけで、もしもジャズのファンが来ていたら喜んで聴いたであろう編曲と演奏を、タンゴ・マニアが眉をひそめながら聴いている、という可笑しな風景がよく見られたものです。
年輩のタンゴファンには1950年~60年あたりが「懐かしい時代」なんでしょうが、僕にとっての懐かしい時代は80年代。小学生だった頃です。このアルバムを聴いていると、「あ~、あの頃のタンゴってこういう音だったなぁ」としみじみ思います。ボウイとか聖飢魔Ⅱを聴くときも同じ感覚です。どの音楽ジャンルにも、その時代の音というものがある。
志賀さんやベリンジェリ氏の演奏も、やはり時代を背負った音です。1930年代に生まれ、その時代の音楽教育をうけ、その時代の様々なジャンルの音楽に影響を受けた人が50歳になったことで花開いた芸風です。小学生だった僕は、そういった「凄いおじさんたち」の影響下にあったわけです。
このアルバムのベスト・トラックは 3.の「めぐり逢い」ですね。志賀さんの独特な歌い回し、ベリンジェリの甘美な編曲、ピアノの気品と強靭さ。後のフォーエバータンゴのリーダーとしても知られるアドロベルのバンドネオンの¨今風¨な感じ(当時としては嫌味に感じられたかも知れないけど今はみんなこういうフィーリングですね)などなど……アンサンブルの細部もバッチリで、あまりに完成度が高い。
6. の「恋人もなくて」のイントロの志賀さんの歌い口もやっぱり素晴らしい。そして4. の「ラ・トランペーラ」のイントロは……おもろい!いや、もちろんベリンジェリ氏は聴いてる人を笑かそうと思ってたわけじゃないだろうけど、これはオモロイ!
これは当時50代だった人の考える「モダン性」なんだろうけど、当時としてはダサかったものが、今となってはむしろアナクロであることがユニークに感じられるというか。これは素直に笑って楽しめばイイと思う。もちろんイントロが終わると素晴らしいリズム感のトランペーラになって超気持ちいい!
とにかく志賀清とオスバルド・ベリンジェリの巧さ、編曲の良さ、80年代のタンゴの匂い……むしろこの演奏者たちの子供の世代が今聴くべきタンゴ・アルバムです。
小松亮太