相次ぐリリックを巡る裁判 事実を批判的に語ることは犯罪か?

Pablo Hasél『Resistir hasta vencer』(2016) 「Juan Carlos el Bobón」が収録されたアルバム。 フリー・ダウンロードで入手できる。

Pablo Hasél『Resistir hasta vencer』(2016)
「Juan Carlos el Bobón」が収録されたアルバム。
フリー・ダウンロードで入手できる。

スペインでの表現の自由の規制に関しては本欄でも何度か取り上げてきたが、昨年末からまた重要な事案が続いている。昨年12月にはリリックがテロ称揚にあたるとラップグループLa Insurgenciaのメンバー12人に懲役2年と1日及び約64万円相当する罰金の判決が下った。求刑に1日が加えられているのは執行猶予(懲役2年まで)を避けるためだ。続いて1月末には、昨年2月に全国管区裁判所が下した懲役3年半の実刑判決(テロ称揚及びテロ犠牲者の侮辱、王室不敬罪)を不服として最高裁に上訴したラッパーValtònycの公判が行われ、2月1日にはメディアが大きく取り上げる中でPablo Hasel(パブロ・ハセル)の2つ目の裁判がメディアが始まった。
リェイダ(カタルーニャ)出身のハセルは自主制作作品をネットで公開するほとんど無名のラッパーだったが、リリックが原因で逮捕されたスペインで最初のケース(2011年10月)となったことで、その名前と作品が広く知られることになった。この件では最高裁まで争って2015年2月にテロ称揚罪で懲役2年刑が確定したが、執行猶予となる。「共和主義のコミュニスト」を自認するハセルは、逮捕後もラップやツイッターを通じた政治的なメッセージの発信を続けて再び逮捕。2回目の逮捕の罪状はツイートとリリックが「テロ称揚、王室及び国家機関に対する名誉毀損と不敬罪」に当たるというのもので、懲役2年9カ月と550万円相当の罰金が求刑されており、刑が確定すれば実刑は免れず、罰金を支払えなければ刑期はさらに7年まで伸びる可能性がある。
今回検察が問題としたリリックは前国王フアン・カルロスの足跡を辿る「Juan Carlos el Bobón」で、「マフィアのような」「泥棒」といった表現が名誉毀損や不敬罪に当たると主張している。これに対して、全国管区裁判の公判に姿を現したハセルは「エミネムには米国大統領の殺害を語るリリックがあるが、このような弾圧を受けたことはない」と反論した。ハセルのケースがこれまでにない大きな注目を集めているのは、「カタルーニャ共和国」の独立宣言が行われ、共和制支持派にとっての共和制実現が新たな局面に入った中で、君主制批判を「王室不敬罪」で封じ込めようとする検察の動きに人々の関心が集まっているためでもあろう。何れにしても、 リリックを巡る一連の裁判は、現在の司法制度では「事実を批判的に語ることも犯罪になりうる」という、スペインにおける表現の自由の危うさを突きつけている。(バルセロナ●海老原弘子)


こちらの海外ニュースは月刊ラティーナ2018年3月号に掲載されています。
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