トニー・ガトリフ監督の新作『ジャム』のサウンドトラック盤

『ジャム』サウンドトラック盤

『ジャム』サウンドトラック盤

ロマの世界を独自の映像と音楽で発信するトニー・ガトリフ監督。前作『ジェロニモ』(2014年)ではトルコ系移民とロマ民族の対立をトルコ系音楽とフラメンコで効果的に表現した。今年5月のカンヌ映画祭に出品された最新作『ジャム』はロマの世界ではなく舞台をギリシャとトルコに移し、監督自ら書き下ろしたシナリオだ。8月9日にフランスで一般公開された。主人公のギリシャ人ジャム(ベルギー生まれのダフネ・パタキアが好演)は天使爛漫で自由奔放。パリで働いたことがあり、フランス語も堪能だ。叔父に頼まれ、船の修理に必要な部品を調達するためにイスタンブールに出向くことになった。道中、フランス女性アヴリル(コルシカ出身のマリーヌ・カイヨンが演ずる)に出会い、トルコの対岸にあるギリシャ領のレスボス島のミティリニに戻るまで珍道中を繰り広げる。18歳のアヴリルはボランティア活動でトルコまで来て彼氏に放り出され、無一文で困っていた。どんな事があっても踊りと歌で笑い飛ばしてしまう天性の陽気さを持ち合わせたジャム。その対極にある沈鬱で古風な顔をしたアヴリルは徐々にジャムの世界に引き込まれていく。
レベティコと呼ばれるギリシャの大衆音楽が随所に流れ、われを忘れるほど踊りにのめり込む映像。全12曲収録のサウンドトラック盤「ジャム」がフレモー・アソシエより、リリースされた。1920年代に生まれたレベティコは第一次世界大戦後にギリシャ領になったイズミルに住むギリシャ人たちが歌い始めた音楽だ。そして30年代にギリシャとトルコの住民交換があり、トルコ領からギリシャに移住を余儀なくされたギリシャ人たちが歌い継いだものである。ギリシャの独裁政権時代はラジオで放送が禁止されたという。「僕はいつも音楽と祖国を離れざるを得なかった人々を描いている。特にレベティコで好きなのは東洋と西洋の融合から生まれた音楽だから」とトニー・ガトリフ監督は語っている。
本作でジャムとアヴリルが辿る道はシリア、アフガニスタン、イラクからの難民がトルコを経てEU圏のギリシャにたどり着くルートでもある。2015年よりこれら難民が大挙して押しかけ、ボートでトルコ側からレスボス島の浜に漂着するのだ。その残骸、大量に打ち捨てられた救命衣とボートの山をアヴリルが浜辺を散歩している時に遭遇してショックを受け、何も言えなくなって自分の殻に閉じこもってしまう場面がある。感傷に浸っている場合ではない。祖国を追放された人々は生き延びるために強くなって前進するしかないのだ。ラストシーンは叔父の家が抵当に取られ、修理した船で海に出る人々。そこでは勇気と希望を与えるかのようにレベティコが歌われるのだ。
(パリ●植野和子)


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