文芸批評家、農民文化研究家 アントニオ・カンディドの死

アントニオ・カンディド

アントニオ・カンディド

ブラジル最大のテレビ局グローボの定番番組で毎週日曜の朝放送される「グローボ・フラル」という農業番組がある。農業や畜産業に焦点を絞った啓蒙型ニュース番組であるが、各地の農村文化のルポも恒常的に放映している。なかでもカイピーラと称されるサンパウロ州内陸部から中西部にかけて広がる農民の文化、とりわけカイピーラ音楽の豊かさについては何回も放送されてきた。5月14日、その番組の最後の1分で、「文芸批評家、サンパウロ大学教授、社会学者として知られるアントニオ・カンディド先生が、5月12日亡くなられた。先生は著書『リオ・ボニートの農夫たち』によってカイピーラ文化を社会学的に再評価した。本日のこの農業番組を農民文化再評価に貢献したカンディド先生に捧げる」と司会が淡々と語っていた。これは、特例の扱いであった。

文芸批評家としての彼の主著といわれる『ブラジル文学の形成』(初版1959年)は、18世紀古典主義19世紀ロマン主義のブラジル文学史を批判的に論じたものだが、乱暴に要約すれば、「ヨーロッパの先進文学に比べれば、ブラジル文学は二流ないし三流にすぎない、我々は他国の文学の経験に従属する宿命を負っているのだ」という主張だった。

このポレミックにしてカゲキな文学論に比し、社会学の学位論文として書かれた『リオ・ボニートの農夫たち』(初版1964年)は、サンパウロ州内陸部のカイピーラと総称される非識字者の農夫(分益小作)たちのケース・スタディーで、この研究は、まさにセルジオ・ブアルキ(『ブラジルのルーツ』)やジルベルト・フレイリ(『大邸宅と奴隷小屋』)らによるブラジル社会論に連なるものだ。自給自足的経済と閉鎖的な社会関係で特徴づけられる原初的カイピーラ文化は、20世紀に入って、自給経済から資本主義経済へ移行するにつれ、文化的にも社会的にも様々な危機を経験することになるが、彼らの日常生活における心性を表現したカイピーラ音楽がブラジルの基層文化であることを明示したのが、この研究だ。いささか拡大解釈すれば、カンディド教授は、カイピーラ音楽の発展型ともいえるセルタネージャ音楽の今日の盛況を予想していた、ともいえるかもしれない。

そんなカンディド師匠が5月12日永眠した。享年98歳。インテリ層は言葉で「サンパウロ学派の最後の生き証人」の死を偲び、カイピーラ音楽関係者は音楽で弔意を示したことはいうまでもない。

(サンパウロ●岸和田 仁)


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