フランス・バスクのアンヌ・エチェゴイェンが巡礼の旅にちなむ新譜をリリース

アンヌ・エチェゴイェン 『コンポステール、バスクからサン・ジャックへ』

アンヌ・エチェゴイェン
『コンポステール、バスクからサン・ジャックへ』

スペイン北西端のガリシアに位置するサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼は日本でたとえるなら四国八十八箇所を巡る遍路の旅だ。聖ヤコブの遺骸が祭られているといわれるこの大聖堂への巡礼は11世紀に始まったが、宗教的意味合いが少なくなった現在でも引き継がれている。聖ヤコブのフランス語名はサン・ジャック、パリのサン・ジャック塔がその起点のひとつだ。巡礼者が目印にぶらさげた帆立貝のことをコキーユ・サン・ジャックというのもそこから来ている。

スペイン側バスクへ山越えをする前にフランスからの三ルートが交差するのがサン・パレだ。その町で1980年に生を受けたアンヌ・エチェゴイェンが『コンポステール、バスクからサン・ジャックへ』という仏語タイトルの新譜を発表した。もちろんカバー写真にあるような華奢なドレス姿で敢行したのではない。登山帽をかぶり山歩きの格好でリュックを背負い、約800㎞の道程を歩いた。巡礼中に出会った人々との一期一会、見聞したことが同アルバムを作る上で肥やしになったという。収録されている全12曲はコンポステーラ巡礼を思い立った動機から亡くなった祖母のこと、フランス側からスペイン側バスクに通り抜けた時の不思議な感情や平和への希求、歩を進めるにしたがって心の中に湧き上がる自らのルーツへの愛着と自分自身を取り戻した喜びがまるで走馬灯を見るように三ヶ国語で歌い綴られている。

アンヌ・エチェゴイェンは八歳の時に地元サン・パレの合唱隊で歌い始め、バイヨンヌとボルドーの音楽院で学んだ。フランス語が母語だが、バスク語やスペイン語も習得した。筆者は2000年3月、サン・パレの公民館で当時20歳のアンヌ・エチェゴイェンがペイオ・セルビエルとデュオしたのを覚えている。まだ青い果実でステージ慣れしていなかった。ソロデビュー盤はラウル・バルボーサをゲストに迎え、バスク移民の多いアルゼンチンを取り上げた「パチャママ」(2008年)だ。2013年にはアイスコア男声合唱団をバックに歌ったアルバム「バスクの声」がフランスでゴールド・ディスクに輝き、バスクの歌姫としての座を獲得した。その中の壮大な曲「エゴアック(翼)」は伝統歌のように親しまれているが、もともとはバスクの自由独立を願ったミケル・ラボアの「チョリア・チョリ(鳥は鳥)」である。

フランス側の学校教育でバスク語が禁止されていた世代でもなければ、スペイン側のバスク人が味わったフランコ独裁政権下の厳しい時代も知らない。「バスク人であっても私はフランス人なのよ」と言うアンヌ・エチェゴイェン。その澄み切ったヴォーカルに耳を澄ましながらコンポステーラ巡礼の旅に思いを馳せるのも悪くない。

(パリ●植野和子)


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