今年のバルセロナIN-EDITは 『OMEGA』で開幕

『オメガ』のワンシーンからモレンテ(右)とコーエン。

すっかりバルセロナの秋の風物詩となった感のあるIN-EDITバルセロナ国際音楽ドキュメンタリー映画祭。第14回目となる2016年度は前夜祭が行われた10月27日から11日間にわたって、世界各国から選ばれた50作品あまりが上映された(ちなみに日本からの参加はスティーヴン・キジャック監督『We Are X(X JAPAN)』)。IN-EDITは音楽ドキュメンタリーに特化した映画祭として2003年にバルセロナで始まり、現在では同時期にマドリッドとバレンシアで開催されるほか、ブラジル、コロンビア、メキシコ、チリ、ギリシャにも広がる、その名の通り国際的な映画祭へと大きく成長した。

今年は誕生から40周年を迎えたパンクにスポットを当てたプログラム構成で、ジュリアン・テンプル監督『The Filth and the Fury, referencial(セックス・ピストルズ)』、さらにはジム・ジャームッシュ監督『Gimme Danger(ザ・ストゥージズ)』といった作品が並んだが、何といっても今年の目玉は前夜祭を飾ったホセ・サンチェス=モンテス、ヘルバシオ・イグレシアス監督『OMEGA(オメガ)』だろう。グラナダ生まれの詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカの詩からタイトルを取った『オメガ』は、20世紀で最もラディカルなフラメンコのアルバムと言われ、1996年の発表時には評価が真っ二つに分かれた問題作であった。関係者の証言を核にしてその製作過程を追いながら、型破りなカンタオールとして独自の道を歩んだエンリケ・モレンテの人間像に迫るのが本作である。

レナード・コーエン作品の翻訳を手掛けてきた作家アルベルト・マンザノがフラメンコを愛するコーエンへのプレゼントにしたいと、コーエン作品のフラメンコ・カバーをモレンテに持ちかけたところからすべてが始まった。コーエンがロルカの詩に曲をつけた『Take This Waltz』を聴いたモレンテはロルカ作品をアルバムに加えることを思いつき、グラナダのロック・バンド、ラガルティハ・ニックに声をかける。こうして、重厚なロックとフラメンコが生み出すグルーブの上にロルカとコーエンの言葉が重なるという、比類を見ない怪作が誕生した。

最近ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞が大きな驚きを持って受け止められたが、モレンテが「詩人」と呼ばれてきたことが示すように、フラメンコの歌「カンテ」は詩と歌の間の境界線に存在してきた音楽だ。『オメガ』は製作20周年記念のリマスター盤も発売されたので、この機会に一聴をお勧めしたい。

(バルセロナ●海老原弘子)


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