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ブラジル日系文学を多元化した〝孤高の作家〟松井太郎、永眠

2017年11月18日 土曜日
松井太郎氏 ©ニッケイ新聞

松井太郎氏
©ニッケイ新聞

かつてコロニア文学といわれたブラジル日系文学は、「加害者不明の被害者の文学であり、小児病的抽象を行う脱色文学である」とまで論難されたこともあったが、今でも試行錯誤が継続されている文学活動といってよい。そんな文学界のなかでも一つのジャンルに限定されず多面的な作品をいくつも発表してきたことで、特異の位置を占めてきた孤高の作家・松井太郎氏(1917~2017)が、9月1日永眠された。享年99歳。あと1か月で100歳を迎えるところであった。
松井文学の特徴その1は、物語性の巧みさというか、ストーリーテリングのうまさである。例えば、長編小説『うつろ舟』。この主人公は内陸の僻地で暮らす現地人化した日系二世で、彼と日本からきた撮影クルーとのあいだの、人種偏見&言語差別主義がもたらす喜劇的ハプニングの描写、ストーリー展開はこの作品の文学的クオリティーを示している。特徴その2は、日系文学なのに非日系人を主人公とする作品が少なくないことだ。
『堂守ひとり語り』の主人公は、カヌードス戦争(宗教的千年王国運動)の残党の孫であり、『野盗一代』ではカンガセイロ(義賊的野盗)の親分ランピアゥンを語り、そのランピアゥンに先行して主としてパライーバ州内陸部を荒らし回ったアントニオ・シルヴィーノの独白を模した『野盗懺悔』では、老いたシルヴィーノが自らの半生を語るスタイルだが、翻案というよりも創作だ。『犰狳物語』は擬人化したアルマジロの独白でノルデスチ住民の宗教性と自然(旱魃)を描き、井伏鱒二の『山椒魚』を彷彿させる。
こうした日系文学の枠を軽々と超越した文学世界を松井太郎が構築するようになるのは、家業である農業を卒業して隠居してからであり、90歳になっても新しい文学フロンティアを開拓していた実績は、再評価されるべきだ。
この遅咲き作家については、西成彦・細川周平編集による二巻本(『ブラジル日本人作家松井太郎小説選うつろ舟』2010年、『ブラジル日本人作家松井太郎小説選・続 遠い声』2012年、いずれも松籟社)のおかげで、主要作品は読むことができる。
また忘れてはならないのは、この出版に先行して映像作家岡村淳氏が映像記録(「松井太郎さんと語る」)を残したことと、2008年時点では超限定版しかなかった松井文学作品群を“写経”によって岡村氏自身のブログにアップ公開したこと、だ。この先駆的作業の意義は果てしなく大きい。合掌。
(サンパウロ●岸和田 仁)


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サルヴァドールの新人ミュージシャンが発表したアルバム『Japanese Food』

2017年11月14日 火曜日
サルヴァドールの新人歌手 ジオヴァーニ・シルヴェイラ(26歳)

サルヴァドールの新人歌手
ジオヴァーニ・シルヴェイラ(26歳)

ブラジルの有名化粧品会社Naturaは、音楽支援活動にも力を入れており、大きなフェスティバルやライヴを積極的に後援している。今年からサンパウロのピニェイロスでCasa Naturaというコンサートホールも設立。毎年新人を公募し、彼らのレコーディングやライヴのスポンサーになり、新たなミュージシャンを発掘している。
そんな公募で2015年に選ばれたサルヴァドールの新人歌手ジオヴァーニ・シルヴェイラ(26歳)。彼の今年発表されたデビューアルバム『Japanese Food』が静かな反響を呼び、2017年のベストアルバムの一枚に数えられると批評家たちからも絶賛されている。
ジオヴァーニは、2009年から2012年まで地元でVelotrozというバンドで活動。バンド解散後ソロになり、7曲のEPを発表。その中の曲「Ancohuma」はバイーアのエドカドーラFMミュージックフェスティバルで優秀賞を受賞した。今回のアルバムは、ミルトンのクルビ・ダ・エスキーナ、ファギネル、カエターノ・ヴェローゾ、レジアゥン・ウルバナ、イタマール・アスンサォン、そしてカナダのマック・デマルコたちのテイストの入った音源が、集約されている。か細く透明な声に、バックは今流行りのエレトロ二クスを使用した音とは、かけ離れたアナログ的なバンドで、独特のアレンジを聴くと、70~80年代の曲にも思えてくる。シンプルなジャケットデザインとネガカラーフィルムで撮影したような色調の写真もレトロな風味を感じさせてくれる。
アルバム内の曲は2012年から2016年の間、作りためておいた曲をセレクト。歌詞は、ジオヴァーニが歩んできた人生において、自分の周辺で接した環境、友人関係などからインスピレーションを感じて作りあげた。太陽、光、風、花などのシンプルで日常的な風景が、彼の繊細な感受性を通して、映画のワンシーンとして次々と流れてくる。同時にデリケートな私小説を読んでいるようでもある。新しい音作りにこだわらず、自己の虚無感、現代の大都市で生きる複雑さをキーワードに、自身の世界観を素直に創り上げたアルバムのように思える。
タイトルの『Japanese Food』は、ジオヴァーニの彼女の昔のバンドの名前から由来。アルバム収録曲とはあえてかけ離れたタイトルにしたかったという。また、アルバム録音時、80年代のSF映画『レポマン』と青春映画『ブレックファスト・クラブ』を観て、アルバムの最終段階の参考にするほど映画マニアでもある。
Balaclavaレコードより、youtube でアルバム全曲聴け、サイトからはダウンロードもできる。

(バイーア●北村欧介)


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メキシコ中部地震直後のメガ・コンサート開催に民衆が激怒

2017年11月10日 金曜日
メガ・コンサート告知の上に、「このイベントに行く奴は本当のバカだ」と書かれたSNS投稿が大拡散された

メガ・コンサート告知の上に、「このイベントに行く奴は本当のバカだ」と書かれたSNS投稿が大拡散された

2017年9月7日、メキシコ南部オアハカ州、チアパス州で起こったマグニチュード8.1のメキシコ南部地震(チアパス州震源)と、その約1週間後の9月19日に、モレーロス州、プエブラ州、メキシコシティで起こった、マグニチュード7.1のメキシコ中部地震(プエブラ州震源)は、少なくとも362人の死者を記録し、メキシコの人々に暗い影を落とした。だが、一方で、民衆の力を思い知らせた出来事でもある。建物の倒壊現場で、率先して救援活動を行ったのは、メキシコの市民たちであり、政府や軍のような体制側よりも迅速であった。
奇しくも今回の中部地震は、1985年9月19日にメキシコシティで起こった大地震と同日に起こった。1985年の地震では、1万人近くの死者数を記録し、震災後に政府が規定する建築基準が強化された。にもかかわらず、今回の震災では、1985年以降に建てられた建物であっても、倒壊や、半壊する事例が多く見られる。震災から20日経過した現在も、市民たちは、いつ建物が壊れるかもわからない不安を感じながら暮らしているのだ。これは、デベロッパーの多くが、集合住宅を、建築基準に満たない建材によって、ローコストで建造し、それを、行政側が賄賂を受け取って、基準をクリアしていると認可したため、脆い違法建築が乱立された結果である。
市民たちが、救援活動や、被災地へ物資を届けるのに必死になっているなか、その物資を、軍や行政が権力を盾に、強奪する例がまかりとおっている。政治家たちは、この災害を2018年の選挙キャンペーンのために利用しようと躍起だ。メキシコシティ政府も、その例にもれず、2017年10月8日、中心部のソカロ大広場にて、約17万人参加のメガ・コンサートを開催。フアネス、チャヤン、フリエタ・ベネガス、エンリケ・ブンブリなど、内外のスターが出演した。企画したメキシコシティ側は、「震災で支援のために活躍した市民に、この無料コンサートで感謝の気持ちを伝えたい」と発言した。行政側の悪事をうやむやにして、娯楽でお茶を濁そうとする姿勢に、反発する市民も多い。メキシコの人気ロック・バンドのカフェタクーバとモロトフや、カジェ13のレジデンテは、それを察してか、出演を直前に辞退した。震災で家を失った住人たちは、政府が提供した避難所から、2週間ほどで追い出され、路上にて暮らしている。世界じゅうから集まった5600万ドル以上の義援金は、どこに消えているのか?
(メキシコシティ●長屋美保)


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ノルウェン・ルロワ、5年ぶりに 新作『Gemme(ジェム)』をリリース

2017年11月6日 月曜日
ノルウェン・ルロワ 新作『Gemme(ジェム)』

ノルウェン・ルロワ
新作『Gemme(ジェム)』

ノルウェン・ルロワ、1982年9月生まれだから35歳になったばかり。長年のパートナーである仏テニスマンのアルノー・クレマンとの間にもうけた第1子を7月に出産し、ますます艶っぽく以前にもまして声にも柔らか味が加わったようだ。臨月間際の6月には大きなお腹を抱えて仏テレビの「ヴォイス」という歌のオーデション番組にゲスト出演して伸びやかなヴォーカルで「ジェム」を披露したことがあった。そう、9月1日発売の新譜『Gemme(ジェム)』(ユニバーサル・ミュージック)の曲だったのだ。
2010年に発表した『ブルトンヌ(ブルターニュの女)』が100万枚以上のセールスを上げて大ヒットし、それに続く2012年の『オ・フィーユ・ドゥ・ロー(水の娘たち)』から数えて実に5年ぶりに第6作目となるアルバム『ジェム』をリリースした。ファーストネームのノルウェンはブルターニュ語を由来とする名前だ。ブルターニュ生まれ、幼少の頃にブルターニュで数年過ごした後はフランス各地を転々とするが、『ブルトンヌ』でブルターニュ人としてのアイデンティティを強調し、ケルトの魂を歌い上げた。同盤のツアーではアラン・スティーヴェルをはじめブルターニュの主要アーティストやグループらとコラボレーションし、ブルターニュを前面に出したステージをフランス各地で展開した。
本作『ジェム』ではがらりと趣が変わり、流れるようなメロディーを主軸としたアングロサクソン系の耳に心地よいポップスとなっている。ノルウェン・ルロワは2001年から2008年まで続いた仏民放テレビ局主催の4ヶ月間にわたる歌とダンスの合宿強化訓練をくぐりぬけて選抜されるオーデション番組「スターアカデミー」で2002年、第2期生として見事優勝を果たした。翌年リリースしたデビュー盤『ノルウェン』および第2作目の『イストワール・ナチュレル(自然史)』は新人賞を受賞するなど好調な滑り出しであった。今回まさにその古巣のスタイルに舞い戻ったような感じがする。
本盤『ジェム』はフランス語と英語の曲が巧みに交差する。エドガー・アラン・ポーの詩を歌った「ザ・レイク」、特に「ア・ドリーム」の中で高音部に移るときのヴォーカルがゆっくりと昇華し、神秘的に聴かせてくれる。そうかと思えば「ラン・イット・ダウン」の電撃的なアップテンポで攻めたてる。フランス語で歌うバラード、「ス・ク・ジュスイ(私とは)」も物憂げなヴォーカルから未来に向けて一気に開花するかのような声の変化に注目したい。フランス語と英語を隔てる壁がまったく取り除かれ、ひとつの融合した世界を構築するノルウェン・ルロワ。その自由自在に七変化するヴォーカルがかもしだす音楽空間が楽しめるアルバムだ。
(パリ●植野和子)


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〝Rock in Rio〟 イヴェッチ・サンガーロのライヴで、ジゼル・ブンチェンが涙のスピーチ

2017年11月2日 木曜日
イヴェッチ・サンガーロとジゼル・ブンチェン

イヴェッチ・サンガーロとジゼル・ブンチェン

第7回目ロックフェスティバル〝Rock in Rio〟が、9月15日(金)から24日(日)まで開催された。会場は、2016年のリオ五輪で舞台となったBarra da Tijuca(バーハ・ダ・チジュカ)のオリンピックパーク。ブラジルを代表する人気女性歌手イヴェッチ・サンガーロが、15日(金)にフェスティバルの感動的な初日の幕を開けた。
ステージにイヴェッチが登場する前、社会環境プロジェクトである「Amazonia Live (アマゾニア・ライヴ)」のプロモーションの為に、スーパーモデルのGisele Bündchen(ジゼル・ブンチェン)が颯爽とステージに現れスピーチを行った。「アマゾニア・ライヴ」とは、近年、森林破壊による地球温暖化の深刻化が懸念されているアマゾンに、何百万本もの樹木を植え、環境と地域経済の活性化を推進しようというプロジェクト。今後6年間の取り組みで、およそ3万ヘクタールの面積に推定7300万本の樹木を回復させるというのが、このプロジェクトだ。アマゾンの最大森林修復に、環境省(MMA)、地球環境ファシリティ(GEF)、世界銀行、ブラジル生物多様性基金(FUNBIO)、コンサベーション・インターナショナル(CI)、社会環境研究所(ISA)と、この〝Rock in Rio〟の社会環境プロジェクト「アマゾニア・ライヴ」が、共同事業として実施する。「アマゾニア・ライヴ」として正式にライヴが行われた2016年8月を機に、一般からの寄付金を始め、今回の〝Rock in Rio”そして、今後2019年までの〝Rock in Rio〟の収益金の一部が支援金として社会環境プロジェクトに寄与される。
2002年以来14年連続で「最も稼いだモデル」の座に君臨し続けたという、ジゼル・ブンチェン。この日、真っ白のスパンコールのコンビネゾンに身を固め登場し、「一人一人が信頼関係を築き、行動を起こすことで、世の中の流れを変えることが出来るのです。宇宙は緊急事態を知らせています。待っているだけでは何も始まりません。夢が実現し希望が姿を変え、今、現在の人生を変えるのです。」と涙を流し感動的なスピーチを行った。するとイヴェッチがピンクの衣装で優雅に登場し、ジゼルと共に手を強く握りあいジョン・レノンの「Imagine」を歌い始めた。
イヴェッチ・サンガーロは、この3日前に女の子の双子を妊娠していることをメディアに発表したばかりで、未来の子供達に希望を託す母としての姿を美しく、そして力強く輝かせていた。その後のステージでは妊娠初期の不安、心配を寄せ付けることなく歌唱力とカリスマ性溢れるライヴで最上のパフォーマンスを繰り広げた。
(リオデジャネイロ●MAKO)


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ペルー音楽を世界に発信する、ケケサナの音楽プロジェクト

2017年10月29日 日曜日
「Sonidos Vivos(生きた音楽)」今回は、7カ国のミュージシャンが共演。 © Oscar Chambi

「Sonidos Vivos(生きた音楽)」今回は、7カ国のミュージシャンが共演。
© Oscar Chambi

© Oscar Chambi

© Oscar Chambi

尺八奏者 小濵明人 © Oscar Chambi

尺八奏者 小濵明人
© Oscar Chambi

フォルクローレを中心とする伝統的なペルー音楽をベースに、郷愁感を漂わせながらも軽快で聴きやすい独自のサウンドを創り出す音楽家ルーチョ・ケケサナは、ペルーで今一番活動的なミュージシャンと言っても過言でないだろう。そして、近年、ペルー音楽の文化大使的な役割を担っている彼の代表的なプロジェクトのひとつ「Sonidos Vivos(生きた音楽)」が、今年活動10周年を迎えた。
プロジェクトのきっかけは、ユネスコのアッシュバーグ芸術奨学金制度。兼ねてより、「みんなにペルー音楽を好きになって欲しい。音楽を通じてペルーという国にもっと関心を持ってもらいたい」という思いを抱いていたというケケサナは、この奨学金制度を利用して2006年にカナダのモントリオールに渡った。最初は言葉の壁を目の当たりにしたというが、多文化国家のカナダだからこそ様々な国籍のミュージシャンに出会い、さらに、短期間ながら彼らにケーナやサンポーニャ、チャランゴ、カホンといった伝統楽器やペルーの独特なリズムを指導し、最終的には一緒にパフォーマンスを行った。これが予想をはるかに超える大きな反響を呼んだことから、結果としてプロジェクトのバンドが生まれたという訳だ。
そして、先日、その活動10周年を記念するコンサートが市内の国立大劇場で開催された。今回の公演では、ベトナムのヒュー・バック・クアッチ(ダンバウ)、トルコのイスマイル・フェンシオグル(ウード)、ベネズエラのレネ・オレア(フルート、クアトロ)、コロンビアのハイロ・ゴメス(ベース)、カナダのエリック・ブレトン(パーカッション)、フランソア・タイユフェール(パーカッション)といった結成時からのメンバーに、一昨年から加わった日本の尺八奏者である小濵明人も参加し、3日間にわたって連日1000人を超す観客を魅了した。
全公演終了後に「ユニークなプロジェクト」とその印象を話してくれた小濵。セットリストの全16曲がケケサナのオリジナルで、「Sonidos Vivos」のバンド用に特別にアレンジされたものだったと言う。ただ、それらの多くがフォルクローレや、アフロペルー音楽を起源とするランドーやサーヤなどの独特なリズムをベースにしているため「難しい音楽」だとも。しかし、「メンバーのレベルが相当高いから実現できるのだと感じる」とバンドについても語ってくれた。
各国の音楽家を通じて、ペルー音楽を世界に発信する同プロジェクトの活動に引き続き注目したい。
(リマ●川又千加子)


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ユーロヴィジョン優勝から半年、サルヴァドール・ソブラル、心臓移植手術へ

2017年10月25日 水曜日
サルヴァドール・ソブラル © Shiori Yamaguchi

サルヴァドール・ソブラル
© Shiori Yamaguchi

今年6月号の当欄でもお伝えした、ポルトガル代表としてユーロヴィジョン初優勝を果たしたサルヴァドール・ソブラル。ポルトガル語詞の美しいスロウバラードの出場曲「Amar Pelos Dois」は多くの人々の胸を打ち、本国は勿論、ヨーロッパを中心に熱狂的に賞賛された彼だが、現在心臓に抱えた持病の悪化に伴い、音楽活動の休止を余儀無くされている。
通常、ユーロヴィジョン優勝者は大会後、出場曲を引っさげツアーやプロモーション活動に全力を尽くすのが定石だが、ソブラルは活動範囲を国内に留め、テレビ出演や取材も数を絞っていた。アメリカの人気トーク番組「ザ・トゥナイト・ショー・スターリング・ジミー・ファロン」をはじめ、世界各地からの取材やビッグイベント出演のオファーを断り続けるソブラルには、「せっかくポルトガルの音楽を世界に広めるチャンスなのに」「優勝したことでお高くとまっている」などの批判や、逆に「ユーロヴィジョンの一発屋、というイメージを定着させたくないのだろう」と理解を示す意見が飛び交った。しかし、実際はいつ急変してもおかしくない病状が彼の活動を妨げていたようだ。
そもそも、ユーロヴィジョン以前からソブラルの健康問題に関しては度々報じられていた。だが優勝以降注目が集まり仕事量が激増したことも、今回の活動休止と無関係ではないだろう。夏にはソロ名義での国内ツアーに平行して、フェルナンド・ペソアの「異名(別人格)」のうちの一人の詩に音楽をつける擬人化プロジェクト、アレクサンダー・サーチとしてのアルバム発表と公演も行なっていた。
9月頭に音楽活動を休止し治療に専念することを発表し休止前最後の公演で涙ながらにパフォーマンスを行なった後、ソブラルはリスボン市内の病院に入院。近親者をソースとするメディア報道によると、入院後集中治療室に収容され改めて心臓移植の必要性が宣告されたようだ。現在は一般病棟でドナー提供を待っており、待機期間によっては人工心臓の埋め込みも検討されているという。
筆者が今年7月にコンサートを観た際には、迫力あるパワフルな歌声で、噂されているほど重篤な状態ではないのかと安心したものだが、あの「歌うことは生きること」だと言わんばかりの歌声の背後に病気との闘いがあったのかと思うと胸が痛む。今の状況に一番歯痒い思いをしているのは本人だろうし、その悔しさはいかばかりだろうか。カエターノ・ヴェローゾをはじめ、ユーロヴィジョンで共演した他国代表の出場者や国内ミュージシャン達も、励ましのメッセージをSNS上に投稿している。回復と音楽活動の再開を祈りたい。
(ポルトガル●山口詩織)


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パウリスタ大通りにオープン 本腰を入れたIMSの文化施設

2017年10月21日 土曜日
パウリスタ大通り2424番にオープンしたIMSパウリスタ © Bruno Fernandes/ Instituto Moreira Salles

パウリスタ大通り2424番にオープンしたIMSパウリスタ
© Bruno Fernandes/ Instituto Moreira Salles

工期の延長や開館式の一ヶ月延期など随分と待たされたが、モレイラ・サレス財団(IMS)の新設文化施設がパウリスタ大通りにオープンした。
IMSは、外交官にして銀行家であった故ヴァルテル・モレイラ・サレス(映画監督ヴァルテル・サレスの父)が1992年に創立したブラジルで有数の影響力を誇る文化財団だ。
音楽の面では、リオのガヴェーアにある施設で、例えばシキーニャ・ゴンザーガ、エルネスト・ナザレー、ピシンギーニャなど、古い時代の音楽家の楽譜やマスターテープ、レコードなどを保管し、研究者に門戸を開いている。またインターネット・ラジオ番組「Rádio Batuta」で、ブラジル音楽を深掘りするプログラムを運営している。
このたび、サンパウロの目抜き通りであるパウリスタ大通りに開館した文化施設は、同財団が初めて新設した建物で、主として写真や映像、インスタレーションなどの視覚芸術に力を入れて、展覧会などのイベントを行っていく。有力な若手によるアンドラーデ・モレティン建築事務所が設計した8階建てのビルは、現代建築の作品としても見ものだ。外観のほとんどが鉄筋と曇りガラスで作られており、夜間には巨大な提灯のように大通りを柔らかく照らす。4階にあたるエントランスホールは、腰の高さから上にはガラスがなく、一般訪問者がパウリスタ大通りを新しい角度から望めるようになっている。2階は写真専門図書館、3階は上映室・公会堂、そして5階から7階が展示室、8階が多目的スタジオが設けられている。
ブラジルには、一般訪問者をこれほどの上階まで登らせる文化施設は他にない。2つのエスカレーターを乗り継いで辿る4階をエントランスホールとしたのはそのためで、その床には、ブラジル各地の都市部でおなじみの白と黒の石畳が敷かれている。エントランスホールを高く設置することで、訪問者が各施設にアクセスしやすい作りとなっている。この建物は、おそらく今年あるいは来年の国内外の建築のアワードを受賞するだろう。それほどに魅力を感じさせる建物だ。
さて、パウリスタ大通りの文化施設といえば、これまでサンパウロ美術館(MASP)が有名で、その他にイタウ・クルトゥラル、FIESP文化センターなどがある。そして今年5月にジャパンハウス、9月にここで紹介したIMSパウリスタが開館した。さらに今年下半期にはSESCパウリスタが全館の改装を終えてリニューアルオープンする予定だ。今後、パウリスタ大通りがブラジル文化の発信地として、ますます盛んになっていく。

(サンパウロ●仁尾帯刀)


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すっかりリスボンの秋に定着 ファドの祭典カイシャ・アルファマ

2017年10月11日 水曜日
フェスティバルのロゴとラインナップ

フェスティバルのロゴとラインナップ

リスボンの9月。夏のヴァカンスシーズンが終わり、街中に溢れかえっていた外国人観光客達が潮を引いた様に去っていき、リスボンがリスボンっ子の手に戻る、街が日常を取り戻す季節だ。
そんな秋の始まりのリスボンにすっかり定着したのが、ファドのフェスティバル、カイシャ・アルファマ。第5回目の今年、会場はもちろんアルファマで、イベントの規模は10ステージまでに拡大。ファド博物館を中心に、アルファマ地区の教会や展望台、広場や集会所など、普段ファドを聴けないような場所でも生の歌声と演奏を楽しむことができる。
ヘッドライナーは2010年代のファドシーンを背負って立つ、日本でもお馴染みの二人、アントニオ・ザンブージョとジゼラ・ジョアン。また、ジャズピアニストながら亡きアマリア・ロドリゲスの歌声を楽曲で使用することを許可されたジュリオ・レゼンデや、多くのファド・コンテストで上位入賞し着実に知名度を上げているマルコ・ロドリゲスなど、若手実力派も揃い踏みだ。
また、型破りなファディスタとして90年代に物議を醸したパウロ・ブラガンサも久々にステージに登場。デビュー当時からその音楽スタイルや服装、既存のファドに対する批判発言で伝統的なファディスタやそのファンからのバッシングを受けてきた彼だけに、会場に集まったファドファン達を前にどのようなパフォーマンスを繰り広げるか注目されている。
一方で、一晩限りの共演を目撃することが出来るのも、フェスティバルの醍醐味だ。ホセ・ゴンザレスは、人気オーディション番組「ゴット・タレント・ポルトガル」に出場したルンバフラメンコバンドのサングレ・イベリコと共演。また、今年初頭に新作『心のマニュアル』を発表したエルデル・モウティーニョは、弟のペドロ・モウティーニョと共にステージに立つことが発表されている。今年は例年以上にバリエーション豊かなラインナップで、大きく一括りにファドと呼んでも、その多様性を体感できるまたとない機会になるだろう。
余談だが、息子が名門サッカークラブベンフィカの下部組織入りしたことを受けて、先月リスボンに移住してきたマドンナ。シントラに屋敷を購入し、アルファマ散策をはじめ、リスボンでの生活を楽しんでいる様子を彼女のSNS上で見ることができる。最近では、親交があったセザリア・エヴォラの楽曲を聴きながらパーティーを楽しむ様子をアップデートしており、アルファマで音楽を楽しめるこのイベントに、彼女もひょっこり顔を出すかもしれない。
(ポルトガル●山口詩織)


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トニー・ガトリフ監督の新作『ジャム』のサウンドトラック盤

2017年10月8日 日曜日
『ジャム』サウンドトラック盤

『ジャム』サウンドトラック盤

ロマの世界を独自の映像と音楽で発信するトニー・ガトリフ監督。前作『ジェロニモ』(2014年)ではトルコ系移民とロマ民族の対立をトルコ系音楽とフラメンコで効果的に表現した。今年5月のカンヌ映画祭に出品された最新作『ジャム』はロマの世界ではなく舞台をギリシャとトルコに移し、監督自ら書き下ろしたシナリオだ。8月9日にフランスで一般公開された。主人公のギリシャ人ジャム(ベルギー生まれのダフネ・パタキアが好演)は天使爛漫で自由奔放。パリで働いたことがあり、フランス語も堪能だ。叔父に頼まれ、船の修理に必要な部品を調達するためにイスタンブールに出向くことになった。道中、フランス女性アヴリル(コルシカ出身のマリーヌ・カイヨンが演ずる)に出会い、トルコの対岸にあるギリシャ領のレスボス島のミティリニに戻るまで珍道中を繰り広げる。18歳のアヴリルはボランティア活動でトルコまで来て彼氏に放り出され、無一文で困っていた。どんな事があっても踊りと歌で笑い飛ばしてしまう天性の陽気さを持ち合わせたジャム。その対極にある沈鬱で古風な顔をしたアヴリルは徐々にジャムの世界に引き込まれていく。
レベティコと呼ばれるギリシャの大衆音楽が随所に流れ、われを忘れるほど踊りにのめり込む映像。全12曲収録のサウンドトラック盤「ジャム」がフレモー・アソシエより、リリースされた。1920年代に生まれたレベティコは第一次世界大戦後にギリシャ領になったイズミルに住むギリシャ人たちが歌い始めた音楽だ。そして30年代にギリシャとトルコの住民交換があり、トルコ領からギリシャに移住を余儀なくされたギリシャ人たちが歌い継いだものである。ギリシャの独裁政権時代はラジオで放送が禁止されたという。「僕はいつも音楽と祖国を離れざるを得なかった人々を描いている。特にレベティコで好きなのは東洋と西洋の融合から生まれた音楽だから」とトニー・ガトリフ監督は語っている。
本作でジャムとアヴリルが辿る道はシリア、アフガニスタン、イラクからの難民がトルコを経てEU圏のギリシャにたどり着くルートでもある。2015年よりこれら難民が大挙して押しかけ、ボートでトルコ側からレスボス島の浜に漂着するのだ。その残骸、大量に打ち捨てられた救命衣とボートの山をアヴリルが浜辺を散歩している時に遭遇してショックを受け、何も言えなくなって自分の殻に閉じこもってしまう場面がある。感傷に浸っている場合ではない。祖国を追放された人々は生き延びるために強くなって前進するしかないのだ。ラストシーンは叔父の家が抵当に取られ、修理した船で海に出る人々。そこでは勇気と希望を与えるかのようにレベティコが歌われるのだ。
(パリ●植野和子)


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