‘ニュース’ カテゴリーのアーカイブ

メキシコシティへの愛を込めたガエル約10年ぶりの監督作品

2018年3月18日 日曜日
映画『Chicuarotes』撮影中のガエル・ガルシア・ベルナル

映画『Chicuarotes』撮影中のガエル・ガルシア・ベルナル

メキシコの俳優、ガエル・ガルシア・ベルナルが、『太陽のかけら』(2007)に続き、2作目にあたる長編劇映画監督作品『Chicuarotes』を制作中だ。2018年1月の1ヶ月間に、メキシコシティ南部、ソチミルコのサン・グレゴリオ・アトラプルコ(以下サン・グレゴリオ)地区にて撮影を行った。同地区は、2017年9月19日に起こったメキシコ中部地震で、多大な被害があった場所だ。同作制作会社アマラントの発表によれば、ガエルは、撮影中にこう語っている。「ロケの間、ストレスや悩みもなく、この映画の撮影を心から楽しんでいることに、自分自身も驚いている。それは、心から作りたい映画を作っている幸運に恵まれているからだと思う」。
この映画は、震災の被害があったサン・グレゴリオの復興支援目的もあるが、ガエルは、7年前から同地区を度々訪れ、ロケハンや調査をしていた。「僕もスタッフも、この地区の人々の温かさに惚れ込んでしまった。この地区には面白い出来事がたくさん起こる。メキシコシティの震災被害を象徴する場所でもあるけれど、それを超えたエネルギッシュな部分もある」。
タイトルの『Chicuarotes』とは、サン・グレゴリオの土地に住む人々のことを指す。 切迫した情況下にある二人の青年が、金策を講じて悪戦苦闘するが、そこには犯罪の陰が忍び寄っていた…という物語を、コミカルに描く。「でも、ハッピーエンドで簡単に終わるような映画ではない」と、ガエルは語る。メキシコ社会内の差別を扱いながらも、鋭さに欠ける演出と、物語性で、駄作の烙印を押されてしまった前作『太陽のかけら』だが、今作では、その汚名挽回となるか、期待したい。
さて、そんなガエルに水を差すような出来事が起こった。2月1日に 、ソチミルコの市民団体が、「サン・グレゴリオの再建支援と経済活性を約束すると言って撮影をしたくせに、地元の人たちを散々利用して、何も還元していない」と、ガエルを訴えているのだ。しかし、この市民団体代表の女性は、汚職で悪名高き元ソチミルコ行政区長の妻であり、次期区長の候補者であることから、これから行われる総選挙に向けて、アピールをしているのではと、ささやかれる。そもそも、一俳優を訴えるよりも、支援を滞っているメキシコシティ政府を訴えるのがスジではないか?
この騒動との関連は不明だが、ガエルは、盟友である俳優のディエゴ・ルナや、彼らも運営に関わるドキュメンタリー映画祭アンブランテが行っている、メキシコ大震災支援プロジェクト、「LEVANTAMOS MEXICO」にて、世界中から集まった義援金、およそ2億8500万メキシコペソを、震災の被害にあった地域の家屋の建設に充てると発表。 2月15日から、順次供給を始めていく予定だ。
(メキシコシティ●長屋美保)


こちらの海外ニュースは月刊ラティーナ2018年3月号に掲載されています。
こちらから購入ができます。

相変わらず元気なペルナンブーコ映画界の話題作から

2018年3月15日 木曜日
原題『A Serpente』 (『メス蛇』邦訳)

原題『A Serpente』
(『メス蛇』邦訳)

ペルナンブーコ映画史におけるエポックメイキング的作品となったのが『匂い立つダンスパーティー』(1997年)であった。このパウロ・カルダス監督作品は、「従来のセルタゥンをポップに読み直した」映画と評価されたが、1930年代、義賊的匪賊カンガセイロの頭目ランピアゥンと行動を共にしたレバノン人写真家ベンジャミン・アブラアンの眼を通してみえたセルタゥン文化が映像化されていた。そのカルダス監督が『セルタゥンは海に変わり、海はセルタゥンに変わるだろう』(2015年)で描いたのは、カンガセイロとナチスが海岸で遭遇するという荒唐無稽なストーリーであったが、同監督の最新作『サウダージ』は、ポルトガル語圏の人たちが心の中に感じるキーワードを巡るドキュメンタリー映画だ。3年の時間をかけて、ブラジル、ポルトガル、ドイツ、アンゴラの4か国で52人の作家、詩人、アーティスト、哲学者らをインタビューし、その累計時間300時間という証言を自在に編集した作品だが、サンパウロでも一般公開され大いに話題となった。
新世代を代表するクレベル・メンドンサ・フィリョ監督の『アクエリアス』(2016年)では不当な不動産業者と闘う未亡人をソニア・ブラーガが好演して国際的な反響をよんだが、今注目を集めている監督は、ジュラ・カペーラだろう。1976年生まれの同監督は、20代でドキュメンタリー映画制作グループCanal03を結成して、短編中編のドキュメンタリー作品を発表してきたが、初めて長編映画に挑戦したのが、ネルソン・ロドリゲス原作の映画化『メス蛇』(2017年)であった。ネルソンが得意とする、愛の三角関係というストーリーはブラジル人が大好きなテーマであり、ベテラン女優ルセリア・サントスの演技もさえていたから、ヒットしたのであった。
そのカペーラ監督が2年前から取り組んでいて現在、最終編集段階に入っているのが、ドキュメンタリー『Mangue Bit』だ。ナサゥン・ズンビのメンバーとは少年時代から一緒に遊んだりしていた仲であることも手伝って、貴重な証言と1990年代の映像を融合させた作品になる由だ。シコ・サイエンスとフレッヂ04による「頭脳付き泥ガニ」マニフェストが発表されたのが1992年、代表曲『泥んこからカオスへ』がリリースされたのが1994年と、文化&社会のモノカルチャーを批判しマンギ(マングローブ)の持つ文化・生物多様性を騒々しく宣言した「マンギ・ビート革命」から四半世紀が経過した。(レシーフェ●岸和田 仁)


こちらの海外ニュースは月刊ラティーナ2018年3月号に掲載されています。
こちらから購入ができます。

Tokyo Walker 海外交流コンサート “TANDEM” ダンサーATSUSHIとコンゴ出身ラッパーBALOJIの異色共演!

2018年3月13日 火曜日

ATSUSHI_BALOJI

ダイナミックな舞で観客を魅了し続けるダンサーATSUSHIと
コンゴ出身ベルギー在住のスタイリッシュなラッパーBALOJIの異色共演!

日時:2018年3月22日(木) 開場18:30/開演19:30
会場:晴れたら空に豆まいて Haretara sorani mame maite
住所:150-0034 東京都渋谷区代官山町20-20 モンシェリー代官山B2
20-20 Daikanyama-cho, Shibuya-ku, Tokyo 150-0034
料金:前売5,000円/当日5,500円(税込)全席自由 ドリンク代別途600円
※整理番号順のご入場となります。
※3歳以上有料・2歳以下入場無料

チケット発売中
Peatix : https://atsushi-baloji.peatix.com/
晴れたら空に豆まいて : http://mameromantic.com/

お問合せ:ポッションエッズ
Tel :03-6459-2212(平日11:00〜18:00)

主催 : TOKYO TANDEM実行委員会
後援 : 在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本 SYNC MUSIC JAPAN
企画・制作 : ポッションエッズ
制作協力 : 3C
協力 : KADOKAWA / Tokyo Walker

——-

在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本、在日ルクセンブルク大公国大使館、在日ベルギー大使館及びケベック州政府在日事務所と、SYNC MUSIC JAPAN運営事務局後援にて、フランス語圏・日本の音楽を通じた長期的な文化交流を促進することを目的に、双方のアーティストが双方の国で共演するライブ・プロジェクトを2016年10月より開始しました。
この一環として、ダイナミックな舞で観客を魅了し続けるダンサーATSUSHIと、コンゴ出身ベルギー在住のスタイリッシュなラッパーBALOJIの競演コンサートの開催が決定しました。

——-

ATSUSHI
1996年にダンスを始め、様々なクラブ等でのイベントに出演。
2001年にDragon Ashサポートメンバーとなり、2003年にDragon Ash正式加入。
2006年にソロダンサーとしても国内外の各地で活動開始。
今までの様々なステージで得た経験により、ジャンルや枠にとらわれない踊りと体をいかしたダイナミックな踊りを信条とし、今日のダンサーの在り方を変えることを目指していると共に、日本人ダンサーとしての在り方を常に考えながら活動している。
2009年に生命力の素晴らしさ尊さを伝えていくプロジェクト「POWER of LIFE」を発起し、代表として活動している。
http://www.atsushi-takahashi.com/

BALOJI(バロジ)
詩人、作曲家、リリシスト、脚本家、俳優、パフォーマー、ヴィデオアーティスト、スタイリスト。
1978年コンゴ民主共和国(当時はザイール共和国)生まれ。幼少期に父親とともにベルギーに移住し、16歳で家を出てラッパーとしての活動を本格的に開始する。2008年、アルバム『Hotel Impala』を発表、ゴールド・ディスクとなる。2011年、アルバム『Kinshasa Succursale』はアメリカのNYタイムズ、イギリスのザ・ガーディアン、スペインのエル・パイス、フランスのレ・ザンロックなどの主要メディアで4ツ星の高評価を得る。その後世界200都市でコンサートを行なう。
サンプリングとエレクトロを通じてアフリカ音楽、伝統音楽そしてソウル、ファンク、ジャズといったアフロ・アメリカ音楽が交差し合う音楽性は、バロジが育ったベルギーという地に由来するのだろう。
バロジとは、スワヒリ語で「科学の人」を意味するが、植民地時代に「はオカルト科学と魔術の人」と意味に転じていた。
彼の創作活動の中心にあるのは、なんと言っても柔軟性だろう。あらゆる影響を見事に作品へと昇華させるのだ。
2018年3月、待望のニュー・アルバム『137 AVENUE KANIAMA』をリリース予定。
http://www.baloji.com/

シリア出身のカーヌーン奏者、マヤ・ユセッフがパリ・デビューコンサート

2018年3月12日 月曜日
MAYA YOUSSEF 『SYRIAN DREAMS』(2017)

MAYA YOUSSEF
『SYRIAN DREAMS』(2017)

パリ左岸のセーヌ川に面した場所にひときわ目立つガラス張りの建物がある。アラブ世界文化センターだ。アラブ世界の多種多様な文化の理解を深めようとミッテラン大統領の提唱で建設され、1987年11月にオープンした。かつてフランスはアルジェリア、モロッコ、チュニジア、シリア、レバノンなど 保護領や植民地を通じアラブ世界と大きく関わってきた。最近ではテーマをアフリカのイスラム圏や東方キリスト教など興味深いテーマを取り上げている。
1月27日夜、「シリアン・ドリームズ」と題するマヤ・ユセッフ・カルテットのコンサートがあった。アラブ世界やトルコの伝統音楽には欠かせないカーヌーンという楽器を奏でるマヤ・ユセッフを中心にパーカッション、ウード、チェロで編成されたカルテットだ。カーヌーンは台形の共鳴箱に78本の弦を張ったもので伝統的なアラブ音楽の音階をすべて出すことができる。西洋音楽のピアノに相当する楽器だ。アラブの伝統では楽器は男性が演奏するものでカーヌーンも女性が演奏することは非常に稀だ。
シリア・ダマスカスの進歩的な芸術一家に生まれたマヤ・ユセッフは幼少の頃から音楽に親しみ、音楽家になる夢を描いていた。7歳から音楽院で基礎を学んでいた彼女は9歳になったとき専攻する楽器を決めかねていた。ある日、音楽院に行くために母親と乗ったタクシーの中でラジオから流れるカーヌーンの音色に心を奪われ、マヤは「この楽器をやりたい」と叫んだ。しかしタクシーの運転手は「お嬢さん、これは男だけが演奏できる楽器だよ」と呆れ顔だった。ほどなくして音楽院で「カーヌーン」クラスの登録が始まると即座に申し込み、カーヌーンを学んだ。
こうしてマヤ・ユセッフのカーヌーン人生が始まった。12歳の時にシリア全国音楽コンクールで最優秀賞を獲得。高等音楽院での学士号もカーヌーン専攻だ。2007年、アラブ首長国連邦のドバイでカーヌーンのソロリストとしてデビューしたが、その後より広く国際舞台で活動したいと拠点をロンドンに移した。
「シリアン・ドリームズ」はマヤ・ユセッフのデビューアルバムでもある。仏レーベル、アルモニア・ムンディより昨年リリースしたものだ。シリア紛争が勃発した2011年、ロンドンでその報に接したマヤ・ユセッフは言いようもない気持ちを一気にカーヌーンに託した。そうして生まれたのが「シリアン・ドリームズ」だ。それから6年を経た今も続く戦争。本デビュー盤は故国を想うマヤ・ユセッフの旅でもある。カーヌーンを奏でることは希望であり、癒しでもあるのだ。日本の箏のように爪弾くカーヌーンは「動」と「静」をきめ細かく表現でき、伝統的なカーヌーンを超えた音楽空間へと導いてくれる。(パリ●植野和子)


こちらの海外ニュースは月刊ラティーナ2018年3月号に掲載されています。
こちらから購入ができます。

YouTubeの統計が示した ブラジル大衆音楽の現在地図

2018年3月9日 金曜日
マリリア・メンドンサ

マリリア・メンドンサ

ブラジルの大衆はいま、どんな音楽をどこで、どのように聴いているのか?このたび、大手紙「フォーリャ・デ・サンパウロ」は、ブラジル大衆音楽の2014年からの3年間の動向について調査した結果をウェブ上で発表した。
YouTubeは、ブラジルでも最もアクセスの多い動画共有サービスだ。これを、音楽を聴くためのツールとする利用者人口が、メキシコに次いで、世界で2番目に多いのがブラジルなのだそうだ。(日本は13位。)この環境を利用して、フォーリャ紙はYouTubeで配信されている人気アーティスト340組の楽曲が、どの地域でどれだけアクセスされているのかを同アプリのツールを使って、全1340億アクセスからあぶり出した。その結果から二つほど話題を紹介したい。
◆地図を塗り替えるマリリア・メンドンサ
ブラジルで最も人気のジャンルはブラジル風カントリーのセルタネージョだ。農牧地の広がる南部、中西部でファンが多く、これまで男性ヴォーカルのデュオが固定化したジャンルの様式であった。そんななか2013年にYouTubeデビューした女性歌手マリリア・メンドンサは、4年間でジャンルの粋を超えて、目下アクセス数最多の新星となった。メンドンサは、セルタネージョ人気が高くない北部・北東部での活動で、主に女性のファンを味方に付け、それから全国ツアーを行う前例のない展開で人気を得た。
◆圧倒的人気の3ジャンルと〝王様〟の健在
ブラジルで最も人気の高い音楽といえば、サンバ、ボサノヴァでなく、セルタネージョ、ファンキ、ゴスペルの3ジャンルだ。調査対象の3年間のトップアクセス20には、上述のマリリア・メンドンサを筆頭にセルタネージョ歌手7組、ゴスペル歌手6人、ファンキMC2人が入っている。
ブラジルにはキリスト教福音派信者が多いので、自ずとゴスペルが高い支持を得る。それに加えて米国とは異なり、神様を讃えさえすればゴスペルに分類されるので、音楽趣味の異なる様々なリスナーを引きつけるようだ。
ファンキの人気は、インターネット普及がインディーズレーベルの可能性拡大と中産階級の若者のライフスタイルの変化をもたらしたことの影響が大きいと伝えている。またファンキは、もはやリオよりサンパウロのほうが勢力マップを広げ、南部、北東部でも支持を得ている。もはや無視できないジャンルから、メインストリームの一つとなったと言えよう。 なお、このトップ20に、ロベルト・カルロスが16位でランクインしており、〝王様〟の人気が未だ健在であることを示した。またリオ五輪開幕式にも出場したセクシー歌手アニータは11位を占めた。(サンパウロ●仁尾帯刀)


こちらの海外ニュースは月刊ラティーナ2018年3月号に掲載されています。
こちらから購入ができます。

相次ぐリリックを巡る裁判 事実を批判的に語ることは犯罪か?

2018年3月5日 月曜日
Pablo Hasél『Resistir hasta vencer』(2016) 「Juan Carlos el Bobón」が収録されたアルバム。 フリー・ダウンロードで入手できる。

Pablo Hasél『Resistir hasta vencer』(2016)
「Juan Carlos el Bobón」が収録されたアルバム。
フリー・ダウンロードで入手できる。

スペインでの表現の自由の規制に関しては本欄でも何度か取り上げてきたが、昨年末からまた重要な事案が続いている。昨年12月にはリリックがテロ称揚にあたるとラップグループLa Insurgenciaのメンバー12人に懲役2年と1日及び約64万円相当する罰金の判決が下った。求刑に1日が加えられているのは執行猶予(懲役2年まで)を避けるためだ。続いて1月末には、昨年2月に全国管区裁判所が下した懲役3年半の実刑判決(テロ称揚及びテロ犠牲者の侮辱、王室不敬罪)を不服として最高裁に上訴したラッパーValtònycの公判が行われ、2月1日にはメディアが大きく取り上げる中でPablo Hasel(パブロ・ハセル)の2つ目の裁判がメディアが始まった。
リェイダ(カタルーニャ)出身のハセルは自主制作作品をネットで公開するほとんど無名のラッパーだったが、リリックが原因で逮捕されたスペインで最初のケース(2011年10月)となったことで、その名前と作品が広く知られることになった。この件では最高裁まで争って2015年2月にテロ称揚罪で懲役2年刑が確定したが、執行猶予となる。「共和主義のコミュニスト」を自認するハセルは、逮捕後もラップやツイッターを通じた政治的なメッセージの発信を続けて再び逮捕。2回目の逮捕の罪状はツイートとリリックが「テロ称揚、王室及び国家機関に対する名誉毀損と不敬罪」に当たるというのもので、懲役2年9カ月と550万円相当の罰金が求刑されており、刑が確定すれば実刑は免れず、罰金を支払えなければ刑期はさらに7年まで伸びる可能性がある。
今回検察が問題としたリリックは前国王フアン・カルロスの足跡を辿る「Juan Carlos el Bobón」で、「マフィアのような」「泥棒」といった表現が名誉毀損や不敬罪に当たると主張している。これに対して、全国管区裁判の公判に姿を現したハセルは「エミネムには米国大統領の殺害を語るリリックがあるが、このような弾圧を受けたことはない」と反論した。ハセルのケースがこれまでにない大きな注目を集めているのは、「カタルーニャ共和国」の独立宣言が行われ、共和制支持派にとっての共和制実現が新たな局面に入った中で、君主制批判を「王室不敬罪」で封じ込めようとする検察の動きに人々の関心が集まっているためでもあろう。何れにしても、 リリックを巡る一連の裁判は、現在の司法制度では「事実を批判的に語ることも犯罪になりうる」という、スペインにおける表現の自由の危うさを突きつけている。(バルセロナ●海老原弘子)


こちらの海外ニュースは月刊ラティーナ2018年3月号に掲載されています。
こちらから購入ができます。

サンバ界のレジェンド、ネルソン・サルジェントがYouTubeのチャンネルを公開

2018年3月1日 木曜日
サンバ界のレジェンド、ネルソン・サルジェント

サンバ界のレジェンド、ネルソン・サルジェント

現役最古参のサンビスタとしてエスコーラ・ヂ・サンバ、マンゲイラに所属し、マンゲイラ独特の詩情溢れるサンバを今に伝える、今年93歳のサンバ界のレジェンド、ネルソン・サルジェントが、独自のアトリエとなるYouTubeの動画共有サービスによって、サンバ界の未来に種を蒔こうとしている。
1月23日(火)、リオのコパカバーナ・ビーチに面し、南アメリカでもっとも有名なホテルのひとつである〝コパカバーナ・パレス〟で、YouTubeのチャンネル公開発表パーティーが行われた。チャンネル名『Nelson Sargento com Vida』には二重の意味があり、日本語では「命あるネルソン・サルジェント」と「ネルソン・サルジェントが招く」という表現になるだろうか。動画で過去の想い出、未公開の新コンビとの共演、彼の日常生活などを紹介する。芸能生活80周年を迎え、歌手としてのみならず、作家として、役者として、画家としての記録を辿り、ルーツを知ってもらう、というものだ。このパーティーに招待された約150名の中にはプレッタ・ジルやプレチーニョ・ダ・セヒーニャ、バテリア・ダ・マンゲイラ、そして私自身も所属しているMulheres de Chico(シコの女達)がいた。ネルソン・サルジェントをオマージュし、この夜の宴会パーティーで彼を賞賛した。マンゲイラのバテリアが、あの抜群のスイングで怒涛のサンバを刻みマンゲイラの名曲を演奏し始めると、ステージ前に腰をしっかり据えていたネルソンが一気に立ち上がり、マイクを握りしめ、名曲サンバを歌い出した。バテリアの青年達が熟練ネルソンと見せた輝かしいコンビネーションプレーは、観客の胸を熱くした。ステージ最後を務めたトリ、Mulheres de Chico(シコの女達)の女性ミュージシャンがネルソンを囲んだ瞬間、「これじゃあ、俺はシコ・ブアルキに嫉妬するよ!Mulheres de Nelson(ネルソンの女達)を結成してくれなきゃね!」とユーモアたっぷりに無邪気な笑顔で冗談を言っていたのがとても印象的だ。
すでにこのチャンネルは一般公開されており、ヴェーリャ・グアルダ・ダ・ポルテーラを率いるサンビスタ偉人、Monarco(モナルコ)とのインタビューや、過去に公開されたドキュメント番組などが見られる。招待客の全ての人々に陽気な笑顔で対応しながら「真の幸せとは、人生において心の花束を捧げてもらうことだよ。」と呟いていた、ネルソンの新しい命がこのチャンネルに宿るのだ。
ネルソン・サルジェントのチャンネル
www.youtube.com/user/NelsonSargento1
(リオデジャネイロ●MAKO)


こちらの海外ニュースは月刊ラティーナ2018年3月号に掲載されています。
こちらから購入ができます。

ますます熱いポルトガルジャズシーン ホット・クルービとマノ・ア・マノ

2018年2月25日 日曜日
マノ・ア・マノ 公式サイトからアルバムの視聴や購入が可能。ライヴ写真や自宅セッション動画も公開されている。 https://manoamanosantos.weebly.com

マノ・ア・マノ
公式サイトからアルバムの視聴や購入が可能。ライヴ写真や自宅セッション動画も公開されている。
https://manoamanosantos.weebly.com

ヨーロッパ最古のジャズクラブがどこにあるか、皆さまご存知だろうか。実は、ポルトガルの首都リスボンに存在するのである。そのクラブの名前は、ホット・クルービ・デ・ポルトガル(Hot Clube de Portugal)。
1948年リスボン中心部のリベルダーデ通りに面した歓楽広場にジャズ愛好家達の社交場としてオープン。1979年には付属教育機関としてルイス・ヴィラス=ボアス・ジャズスクールが開校。ブルーノ・ペルナーダス、ジョアン・ハッセルバーグをはじめ、日本でも話題の若手ジャズミュージシャンの殆どがこのスクールの卒業生であり、ジョアン・バラーダスやサルヴァドール・ソブラルもここで研鑽を積むなど、オープン以来ポルトガルジャズシーンの中心として存在してきた。長い歴史の中で、経営不振や火災によるクラブ全焼など、何度も閉鎖の危機に直面したが、リスボンっ子達や世界中のジャズファン、そしてリスボン市の支援により、ついに今年創立70周年を迎えることとなった。記念イベントや特別ワークショップなどの開催が予定されており、話題に事欠かない一年になりそうだ。
そのホット・クルービ周辺で今年注目のアーティストが、マデイラ島出身のジャズギタリスト兄弟、ブルーノ・サントスとアンドレ・サントスによって結成されたマノ・ア・マノ(Mano A Mano)だ。ウクレレやカヴァキーニョのルーツである、マデイラ島の伝統楽器ブラギーニャを用い演奏するのは、オリジナル楽曲の他、セロニアス・モンクやトム・ジョビンらによるジャズやボサノヴァの定番曲。どこか懐かしいブラギーニャの素朴な音色、それでいて洗練された楽曲展開は、彼ら兄弟の高い技術に裏打ちされているからこそ心地よく、新しく響く。それもそのはず、兄ブルーノはホット・クルービ専属セクステットのギタリストを務める傍ら、付属ジャズスクールの教頭を務め、リスボン音楽院などで教鞭を取る教育者として活躍。弟アンドレもアムステルダム音楽院のマスター課程を修了し、マドレデウスのヴォーカリスト、テレーザ・サルゲイロのソロワールドツアーに帯同するなど、両者とも現代ポルトガル屈指の名ギタリストである。ポルトガル国外でも注目され始めており、アメリカのジャズ専門誌ダウンビートで特集記事が組まれ、ニュースサイトObservadorの選ぶ「2018年必聴のポルトガル音楽12選」のひとつに選出されるなど、見逃し厳禁であることは間違いない。(ポルトガル●山口詩織)


こちらの海外ニュースは月刊ラティーナ2018年3月号に掲載されています。
こちらから購入ができます。

フジモリ元大統領恩赦に対し アーティストや文化人は反対を表明

2018年2月22日 木曜日
リマ市内の4回目の抗議デモで、手作りのプラカードを手に行進する市民。

リマ市内の4回目の抗議デモで、手作りのプラカードを手に行進する市民。

昨年12月24日に発表されたフジモリ元大統領恩赦のニュースは、日本でも多くのメディアが取り上げたため、ラティーナの読者もご存知だろう。
元大統領は、2007年に収賄や権力乱用などの罪で禁錮6年、さらに2009年には、人権侵害などの罪で禁錮25年の有罪判決を受け、これまで警察施設に設けられた特別な収容所で収監されていた。クチンスキ現大統領が政権に就いてから「恩赦が行われるのではないか」という噂は何度もあったが、その度に現大統領は否定し、アラオス首相も直前まで「恩赦はない」との声明を出していた。それにも関わらず、実行されたのである。
今回の恩赦は、『政治的取引』によるものとの認識が一般的だ。それというのも、ブラジルの建設大手オデブレヒト社を巡る汚職事件でクチンスキ大統領への疑惑が浮上し、フジモリ元大統領の長女のケイコ・フジモリ率いる「フエルサ・ポプラル党」が昨年12月に罷免決議案を提出するも、採決の21日に同元大統領の次男のケンジ議員ら10人(同政党所属)が棄権票を投じ、罷免を免れていたからだ。
恩赦が発表されたのは、クリスマスイブの夕方だった。カトリック信者が圧倒的に多いペルーでは、翌25日は一年の中でも最も重要な祝日とされ、大多数が家族と一緒に過ごし、キリストの誕生を祝う。しかしながら、両日ともに、恩赦のニュースを聞きつけた大勢の市民が、セントロ地区に集まりデモ活動を行った。さらに、28日は約1万5千人が、年が明けた1月11日には3万人以上が集結しデモ行進を行い、恩赦の無効と現大統領の退陣を求めた。
こうした抗議の声は、アーティストやその他の文化人からも挙げられている。作家では、バルガス・リョサが今回の恩赦を「違法で無責任な行為」と批判し、アルフレド・ブライスやフェルナンド・イワサキなど、230人が反対を表明している。また500人を超えるミュージシャンや200人以上の映画制作関係者、600人以上の造形美術アーティスト、さらに歴史家や心理学者、社会学者など、反対の署名は、数千人を数える。
コスタリカに本部を置く米州人権裁判所は、2月現在、被害者遺族の申し立てに基づいて恩赦の適法性を審理している。判決次第では、同裁判所がペルー政府に恩赦の取り消しを求める可能性もあるとされている。また、ペルー議会では、再びクチンスキ大統領の罷免要求が提出されていることから、今後の行方が注目される。(リマ●川又千加子)


こちらの海外ニュースは月刊ラティーナ2018年3月号に掲載されています。
こちらから購入ができます。

ブラジル音楽にとって複数の記念年、2018年!

2018年2月19日 月曜日
V.A. 『Tropicália ou Panis et Circensis 』(1968)

V.A.
『Tropicália ou Panis et Circensis 』(1968)

今年、2018年はブラジル音楽にとって重要な年である。これから紹介することなくしては、現在のブラジル音楽はないと言ってもいいだろう。
◆ジャコー・ド・バンドリン生誕100周年
近代的なショーロを完成させたと言われる、ショーロ名門グループ、エポカ・ヂ・オウロの創立者であるジャコー・ド・バンドリン。ミュージシャンとして初めて演奏した楽器はバイオリンだったが、彼が青年だった頃、独学でバンドリンを勉強したこともあり、すぐにバンドリンを弾き始めた。1930年代にバンドで活動を開始し、1940年には、作曲家として活動していた。バンドリンを演奏するブラジルのスタイルが確立された1960年に、彼は作曲家・編曲家・ミュージシャンとして名誉ある人となった。このようにして、彼はブラジル音楽史に名を残したのだ。
◆トロピカリア50周年
1968年、カエターノ・ヴェローゾとジルベルト・ジルを中心に勃発した文化ムーヴメントである。自分たちの音楽を表現し、保守的だったブラジル音楽界に革命を起こしたのだ。彼らを中心にガル・コスタ、オス・ムタンチス、ヒタ・リー、トン・ゼー、ナラ・レオンなどのアーティストが集まって作られた、コンピレーションアルバムであり、歴史的な運動の表明アルバム『Tropicália ou Panis et Circensis』 がリリースされた。アルバムジャケットを見てもわかるように、ブラジルの音楽・詩の業界での重要人物がこのように一度に集まったことも歴史的な出来事である。トロピカリアは、ブラジル音楽に大きな影響を与えた。
◆ボサノヴァ誕生60周年
ブラジル音楽界で1958年は決して終わることのない年だと言われている。なぜなら、1958年はブラジル音楽界での最も重要な革命である、ボサノヴァが誕生した記念すべき年だからである。学生とアーティストが集中していたリオデジャネイロで、サンバとジャズのリズムが統合し、ボサノヴァが生まれた。ブラジルに留まることなく、世界中に知れ渡った。日本では、小野リサを筆頭にボサノヴァが広がり、人気となった。レストランやバーなどのBGMとして使われていることが多く、ボサノヴァを街で聴かない日はないほどである。世界的に有名な映画やドラマの配信サイトNetflixでは、60年代のリオデジャネイロを舞台にボサノヴァの文化革命とボサノヴァがどのようにして生まれたのかという内容のシリーズドラマが配信予定であり、今年の初旬に撮影が始まるようだ。
ブラジルではもちろん、日本でも記念イベントが多く行われるだろう。これからのブラジル音楽のさらなる発展に期待する。
(ブラジル●編集部)


こちらの海外ニュースは月刊ラティーナ2018年2月号に掲載されています。
こちらから購入ができます。